【公式】月刊公民館ちゃんねる
ナトコ映畫「公民館」(1950年製作)【リニューアル版】
- 影片類型
- 一般
- 發布日
- 2023年1月8日
- 觀看次數
- 1萬530回
- 點讚數
- 103
- データ確認日時
- 2026年6月7日 20:58
動畫概要
このたび、古い映畫なのですが、字幕などをいくつか修正しまして、リニューアルしました。
※リニューアルした點にご興味のあるかたは、最後に書きました。
1.この映畫「公民館」について
この映畫は1950年に日本で制作されたものです。全國公民館連合會所藏。
戰後間もなく公民館がどのように活動していたのかがわかる、とても貴重な映像です。1949年に公民館の根據法である「社會教育法」が制定されますが、その直後につくられた作品です。
映畫の中で、主人公は全國の公民館を6館まわります。柳津町公民館(福島縣河沼郡柳津町)、菅田町公民館(岐阜縣武儀郡菅田町〔現在、下呂市の一部〕)、大津公民館(滋賀縣大津市)、帶廣公民館(北海道帶廣市)、水繩村公民館(福岡縣水繩村〔現在、久留米市の一部〕)、苗羽村公民館(香川縣苗羽村〔現在、小豆島町〕)を訪ね歩き、全國各地にはさまざまな公民館が存在し、どういう理由でつくられ、またどのような活動しているか、紹介されています。
映畫のなかでは「いまでは全國に1萬7千館の公民館が全國にある」と言っていますが、現在も公民館數はだいたい同じくらいあります。
2.字幕を付けるにあたって、お名前の確認やわかりづらかった東北地方の方言解讀などを次の方々にご教示いただきました。深く感謝いたします(肩書きは、令和4年1月當時)。
長澤成次氏(放送大學千葉學習センター所長、千葉大學名譽教授)
上田幸夫氏(日本體育大學教授)
髙木悠子氏(株式會社旺榮)
田所祐史氏(京都府立大學教授)
柳津町教育委員會の皆さん
3.「ナトコ映畫」とは
この映畫は、GHQの民間情報教育局(CIE)が日本國民に對して民主主義的な考えを一般の人たちに普及するために製作した教育映畫で、いわゆる「ナトコ映畫」と呼ばれています。
このナトコとは、「NATCO」と書きます。映寫機の製造メーカーの名前で、GHQが日本に持ち込んで映畫を地域で巡回するときに使った映寫機のことです。
當時全國で1300臺のナトコ映寫機と、3000タイトルに及ぶ16ミリ映畫を日本に貸與し、地域で上映しました。そして、民主主義はどういう考え方なのか、これからどのような生活を送ったら良いのか、世界はどうなっているのかなどの普及を圖りました。そのうち、教育的な映畫は408タイトルあり、そのうち日本で制作したものは54タイトルあったとされています。この「公民館」という映畫は、日本で制作された映畫の1つです。
4.CIEとは
民間情報教育局(Civil Information and Education Section, CIE)は、日本の廣報、教育、宗教その他の社會學的問題に關する施策について助言するために米太平洋陸軍總司令部(GHQ/USAFPAC)の專門部として設置されました。
CIE は、教育及び文化に關する極めて廣範圍にわたる諸改革を指導し、監督しました。
【この映畫に字幕を付けるにあたって、いろいろわかったエピソード】
・柳津町公民館で、觀客が2人しかいないときに演説している人は、なんと本物の柳津町の町長、笠間惠(かざまひさと)さんです。よくこんな役を引き受けてくださったものです。
・柳津町のところで、「大木喜代之進」先生というかたが紹介されております。はじめはどういう人かもわからず、お名前もよく聞き取れず、「大石・・・?」と聞こえていたくらいなところからはじまりました。しかし、ていねいに何度も聞き直し、「大木」という名前だろう、というところからいろいろ調べていくと、このかたに行き着きました。なんと、全村教育などの考えを持った、『學村建設の實際』(1927年)などの著書もある教育思想家でした。柳津町の社會教育の原點は、大木先生にあると思われます。ただこの方のことも、まだあまりわかっていないので、今後の研究課題です。
・柳津町のところで登場する公民館長さんの野口さんは、フルネームを「野口久人(のぐちひさんど)」さんという方で、大木喜代之進先生の後を引繼ぎ、戰後の柳津の社會教育を押し進めた方です(『公民館の運營』社會教育資料集第20集公民館資料第3集、福島縣教育委員會社會教育課、1951年などから)。
・櫻本コウさんは、柳津尋常高等小學校の先生だったようです(『福島縣學事關係職員録』大正14年5月1日現在、東北中堅社編より)。同じ名簿に、「櫻本正儀」というお名前があり、もしかしたら、旦那さんも學校の先生だったかもしれません(旦那さんかは確認できず)。
・櫻本コウさんのお孫さんが、現在ご存命です。お孫さんは柳津町役場の職員さんでした(2019年3月で定年退職したとのことです。柳津町教育委員會の方からの聞き取り)。
・後半で登場する大津市公民館は、實は昭和22年の優良公民館表彰を受賞しています。文部省主催の優良公民館表彰は正式には昭和23年から實施しておりますが、昭和22年にも實は行われております。そのときの優良公民館表彰は社團法人生活科學化協會と毎日新聞社が主催で、文部省は主催ではなく後援となっています。ただ、その表彰式には文部大臣も出席し、記念品も贈呈しています。この昭和22年の優良公民館表彰は事實上の第1回(幻の第1回?)と言えます。
・大津市公民館は、現存しています。現在は「舊大津公會堂」という名稱で、いまでも住民に貸室をおこなったり、また觀光客の方にも公開されていますので、大津に訪れた方はぜひ訪れてみてください。
・水繩村の公民館は寺中構想そのものを體現した公民館として、當時有名でした。その公民館主事として活躍していた林克馬さんは、現在の全國公民館連合會(當時は全國公民館連絡協議會)の發起人で、副會長を務めたこともあります。その後、小倉市の教育委員會社會教育課長となりました。ただ、有名な割には、この映畫で登場する6館のなかでは扱いがそれほど大きくないのは、もしかしたらこの映畫制作にかかわっていたから?と思ったのは、深讀みした見方でしょうか・・・。そこらへんは、この映畫の制作した經緯や意圖などにもかかわっていると考えられますので、今後の研究課題です。
・苗羽村の子どもたちの音樂團は、戰後まだ5年程しか經っていない時期に、あれだけの演奏技術と、ヴァイオリンも含めたさまざまな樂器をよくそろえていると感心いたします。きっとキーマンとなる方がいたんだろうと思いますが、それは今後追跡したいと思います。
・この映畫で日本全國の公民館を旅する主人公のような男性がおりますが、あの方は知る人ぞ知る俳優です。下元勉(しももとつとむ)さんと言います。高知縣出身で、映畫『原爆の子』(51年)、『眞晝の暗黒』(56年)、『キューポラのある街』(62年)ほか、數多くの作品に出演しています。73年のNHK連續テレビ小説「北の家族」ではヒロインの父親役を演じ、名脇役として評價され、その後も映畫、TVドラマに多數出演しました。00年、肺炎のため逝去しております。
【參考文獻】
・長澤成次「ナトコ映畫とCIE映畫『公民館』(1950)」(『月刊公民館』2020年7月號所收)
・土屋由香/吉見俊哉編『占領する眼・占領する聲 CIE/USIS映畫とVOAラジオ』東京大學出版會、2012
・谷川建司『アメリカ映畫と占領政策』京都大學學術出版會、2002
・杉山拓也「占領期社會教育の展開とナトコ映畫-ナトコ映畫がもたらしたもの-」2013年度千葉大學教育學部卒業論文
など
【前回からの修正點】いくつか修正しました(2023年1月8日)。
①冒頭の本來あった「USISアメリカ文化映畫米國國務省提供」という部分を復活
②キャプションで間違っていると思われる部分をまとめて修正
「精神の修養」⇒「青春の修養」
「女性參政權」⇒「女子に參政權」
「深雪」⇒「根雪」
「てんぷら蟲」⇒「かんぷら蟲」
「カメラ」⇒「キャメラ」
「ゆきぐさりびょう」⇒「ゆきぐされびょう」
「古い家族制度」⇒「古い家督制度」
「お手前」⇒「お點前」
◆大きな修正は、「かんぷら蟲」ですね。かんぷら蟲なんて初めて知りました。
ネットには出ていませんが、その地方特有の蟲の名前みたいです。「かんぷら」は
福島地方で「馬鈴薯(ばれいしょ)」のことで、馬鈴薯に付く蟲とのことです。
③いまだによくわからない部分
・研修會の場での講師の發言:「そして・・・排水をはかること」の・・・
の部分がよくわかりません。わかった方はご教示くださるとありがたいです。
・あとは方言でわかりづらいところがいくつかありますが。。。
④最後の「ナトコ映畫解説」で、少しヘンだった表現を改めました。
※リニューアルした點にご興味のあるかたは、最後に書きました。
1.この映畫「公民館」について
この映畫は1950年に日本で制作されたものです。全國公民館連合會所藏。
戰後間もなく公民館がどのように活動していたのかがわかる、とても貴重な映像です。1949年に公民館の根據法である「社會教育法」が制定されますが、その直後につくられた作品です。
映畫の中で、主人公は全國の公民館を6館まわります。柳津町公民館(福島縣河沼郡柳津町)、菅田町公民館(岐阜縣武儀郡菅田町〔現在、下呂市の一部〕)、大津公民館(滋賀縣大津市)、帶廣公民館(北海道帶廣市)、水繩村公民館(福岡縣水繩村〔現在、久留米市の一部〕)、苗羽村公民館(香川縣苗羽村〔現在、小豆島町〕)を訪ね歩き、全國各地にはさまざまな公民館が存在し、どういう理由でつくられ、またどのような活動しているか、紹介されています。
映畫のなかでは「いまでは全國に1萬7千館の公民館が全國にある」と言っていますが、現在も公民館數はだいたい同じくらいあります。
2.字幕を付けるにあたって、お名前の確認やわかりづらかった東北地方の方言解讀などを次の方々にご教示いただきました。深く感謝いたします(肩書きは、令和4年1月當時)。
長澤成次氏(放送大學千葉學習センター所長、千葉大學名譽教授)
上田幸夫氏(日本體育大學教授)
髙木悠子氏(株式會社旺榮)
田所祐史氏(京都府立大學教授)
柳津町教育委員會の皆さん
3.「ナトコ映畫」とは
この映畫は、GHQの民間情報教育局(CIE)が日本國民に對して民主主義的な考えを一般の人たちに普及するために製作した教育映畫で、いわゆる「ナトコ映畫」と呼ばれています。
このナトコとは、「NATCO」と書きます。映寫機の製造メーカーの名前で、GHQが日本に持ち込んで映畫を地域で巡回するときに使った映寫機のことです。
當時全國で1300臺のナトコ映寫機と、3000タイトルに及ぶ16ミリ映畫を日本に貸與し、地域で上映しました。そして、民主主義はどういう考え方なのか、これからどのような生活を送ったら良いのか、世界はどうなっているのかなどの普及を圖りました。そのうち、教育的な映畫は408タイトルあり、そのうち日本で制作したものは54タイトルあったとされています。この「公民館」という映畫は、日本で制作された映畫の1つです。
4.CIEとは
民間情報教育局(Civil Information and Education Section, CIE)は、日本の廣報、教育、宗教その他の社會學的問題に關する施策について助言するために米太平洋陸軍總司令部(GHQ/USAFPAC)の專門部として設置されました。
CIE は、教育及び文化に關する極めて廣範圍にわたる諸改革を指導し、監督しました。
【この映畫に字幕を付けるにあたって、いろいろわかったエピソード】
・柳津町公民館で、觀客が2人しかいないときに演説している人は、なんと本物の柳津町の町長、笠間惠(かざまひさと)さんです。よくこんな役を引き受けてくださったものです。
・柳津町のところで、「大木喜代之進」先生というかたが紹介されております。はじめはどういう人かもわからず、お名前もよく聞き取れず、「大石・・・?」と聞こえていたくらいなところからはじまりました。しかし、ていねいに何度も聞き直し、「大木」という名前だろう、というところからいろいろ調べていくと、このかたに行き着きました。なんと、全村教育などの考えを持った、『學村建設の實際』(1927年)などの著書もある教育思想家でした。柳津町の社會教育の原點は、大木先生にあると思われます。ただこの方のことも、まだあまりわかっていないので、今後の研究課題です。
・柳津町のところで登場する公民館長さんの野口さんは、フルネームを「野口久人(のぐちひさんど)」さんという方で、大木喜代之進先生の後を引繼ぎ、戰後の柳津の社會教育を押し進めた方です(『公民館の運營』社會教育資料集第20集公民館資料第3集、福島縣教育委員會社會教育課、1951年などから)。
・櫻本コウさんは、柳津尋常高等小學校の先生だったようです(『福島縣學事關係職員録』大正14年5月1日現在、東北中堅社編より)。同じ名簿に、「櫻本正儀」というお名前があり、もしかしたら、旦那さんも學校の先生だったかもしれません(旦那さんかは確認できず)。
・櫻本コウさんのお孫さんが、現在ご存命です。お孫さんは柳津町役場の職員さんでした(2019年3月で定年退職したとのことです。柳津町教育委員會の方からの聞き取り)。
・後半で登場する大津市公民館は、實は昭和22年の優良公民館表彰を受賞しています。文部省主催の優良公民館表彰は正式には昭和23年から實施しておりますが、昭和22年にも實は行われております。そのときの優良公民館表彰は社團法人生活科學化協會と毎日新聞社が主催で、文部省は主催ではなく後援となっています。ただ、その表彰式には文部大臣も出席し、記念品も贈呈しています。この昭和22年の優良公民館表彰は事實上の第1回(幻の第1回?)と言えます。
・大津市公民館は、現存しています。現在は「舊大津公會堂」という名稱で、いまでも住民に貸室をおこなったり、また觀光客の方にも公開されていますので、大津に訪れた方はぜひ訪れてみてください。
・水繩村の公民館は寺中構想そのものを體現した公民館として、當時有名でした。その公民館主事として活躍していた林克馬さんは、現在の全國公民館連合會(當時は全國公民館連絡協議會)の發起人で、副會長を務めたこともあります。その後、小倉市の教育委員會社會教育課長となりました。ただ、有名な割には、この映畫で登場する6館のなかでは扱いがそれほど大きくないのは、もしかしたらこの映畫制作にかかわっていたから?と思ったのは、深讀みした見方でしょうか・・・。そこらへんは、この映畫の制作した經緯や意圖などにもかかわっていると考えられますので、今後の研究課題です。
・苗羽村の子どもたちの音樂團は、戰後まだ5年程しか經っていない時期に、あれだけの演奏技術と、ヴァイオリンも含めたさまざまな樂器をよくそろえていると感心いたします。きっとキーマンとなる方がいたんだろうと思いますが、それは今後追跡したいと思います。
・この映畫で日本全國の公民館を旅する主人公のような男性がおりますが、あの方は知る人ぞ知る俳優です。下元勉(しももとつとむ)さんと言います。高知縣出身で、映畫『原爆の子』(51年)、『眞晝の暗黒』(56年)、『キューポラのある街』(62年)ほか、數多くの作品に出演しています。73年のNHK連續テレビ小説「北の家族」ではヒロインの父親役を演じ、名脇役として評價され、その後も映畫、TVドラマに多數出演しました。00年、肺炎のため逝去しております。
【參考文獻】
・長澤成次「ナトコ映畫とCIE映畫『公民館』(1950)」(『月刊公民館』2020年7月號所收)
・土屋由香/吉見俊哉編『占領する眼・占領する聲 CIE/USIS映畫とVOAラジオ』東京大學出版會、2012
・谷川建司『アメリカ映畫と占領政策』京都大學學術出版會、2002
・杉山拓也「占領期社會教育の展開とナトコ映畫-ナトコ映畫がもたらしたもの-」2013年度千葉大學教育學部卒業論文
など
【前回からの修正點】いくつか修正しました(2023年1月8日)。
①冒頭の本來あった「USISアメリカ文化映畫米國國務省提供」という部分を復活
②キャプションで間違っていると思われる部分をまとめて修正
「精神の修養」⇒「青春の修養」
「女性參政權」⇒「女子に參政權」
「深雪」⇒「根雪」
「てんぷら蟲」⇒「かんぷら蟲」
「カメラ」⇒「キャメラ」
「ゆきぐさりびょう」⇒「ゆきぐされびょう」
「古い家族制度」⇒「古い家督制度」
「お手前」⇒「お點前」
◆大きな修正は、「かんぷら蟲」ですね。かんぷら蟲なんて初めて知りました。
ネットには出ていませんが、その地方特有の蟲の名前みたいです。「かんぷら」は
福島地方で「馬鈴薯(ばれいしょ)」のことで、馬鈴薯に付く蟲とのことです。
③いまだによくわからない部分
・研修會の場での講師の發言:「そして・・・排水をはかること」の・・・
の部分がよくわかりません。わかった方はご教示くださるとありがたいです。
・あとは方言でわかりづらいところがいくつかありますが。。。
④最後の「ナトコ映畫解説」で、少しヘンだった表現を改めました。
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