哲學チャンネル

哲學チャンネル

【老子】中國思想解説#13【道家】【無為自然】

【老子】中國思想解説#13【道家】【無為自然】

影片類型
一般
發布日
2020年12月6日
觀看次數
6萬3741回
點讚數
1266
データ確認日時
2026年6月10日 17:07

動畫概要

※讀んでみたい本やあると便利な機材など。もしよろしければご支援いただけると幸いです!
https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/...

サブチャンネル
   / @てつがくちゃんねる  

Twitter
  / tetsugaku_ch  

note
https://note.com/tetsugaku_ch


※關連した過去動畫

【孔子①】中國思想解説#3【儒教】【論語】
   • 【孔子①】中國思想解説#3【儒教】【論語】  


※書籍

老子 (岩波文庫)
https://amzn.to/2VRPmyV



とっつきづらい哲學や心理學の内容を、出來るだけわかりやすく完結に
お傳えすることを目的としたチャンネルです。
チャンネル登録、高評價、擴散、ぜひぜひ宜しくお願いいたします。

Twitterもやっています。
色々企畫も考えていますのでフォローのご協力お願いします。
  / tetsugaku_ch  

動畫の書き起こし版です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


老子は紀元前6世紀ごろを生きた人物とされていますが、
その實在自體が非常に怪しく、一般的には神話上の人物ではないかと言われています。

史記の記述によると、老子は楚の國に生まれ
その後周の書庫記録係として働いていたとされています。
すでに道徳を修めており、偉大な人物だった老子ですが、
その思想から名を知られることを嫌い、有名になることを避けていたようです。

そして周の國が衰え始めたことを察すると、
隱居生活をするために周を離れようとします。

周を去るその時。
國境を越えようとした老子は關所の役人に懇願されます。

「先生はまさに今隱居されようとしていますが、
その前に私に教えを書き殘してはいただけませんでしょうか?」

老子はこれに應じ『老子道徳經』を書き上げます。

彼についての直接的な言及はこの程度しか殘っておらず、
その後の老子の消息は不明です。


民間の傳承レベルにおいては、
孔子に禮を教えたのは老子であるとか、
母親が流れ星を見て懷妊し60年近くも身篭っていたとか
伏犧の時代から何度も生まれ直して最終的には佛陀になったとか
多岐にわたる神話的な話が殘っています。

實際、老子は『太上老君』として道教にて神格化されています。


老子は【道家(道教)】を代表する思想家として知られています。

道家は儒家の思想を
『仁や禮は世の中の亂れを正すために人為的に作られたものである』
と否定します。

これは後に融合する陰陽家の
『儒家の思想は人間社會に限定したもので、視野が狹い』
という主張とかなり近い考え方だといえます。

老子道徳經にはこうあります
『大道廢有仁義(大道廢れて仁義有り)』

本來人は道に從って生きていたが、文明が進化する過程で道を見失ってしまった。
それを無理やり縛ろうとする仁と禮は、より人間らしさを奪ってしまう。

【道】とは西洋哲學的に表現すると【ロゴス(法則)】のことです。
宇宙のあらゆるものを成り立たせる存在であり、
言葉で表すことのできない無名のものだと考えられました。


本來、原初の人間はこの【道】に從って生きていました。
しかし文明を獲得し、その文明を維持するために樣々な制約を加える中で
いつしか【道】を見失ってしまったというんですね。

そして、仁や禮も道から遠ざかる要因になった『制約』の一つであり
儒家の思想に從って生きるのは、本來の人間らしい生き方がより困難になることだと主張したのです。

宇宙のはじまりから、この世界は生成と消滅を繰り返して
ある法則に從ってそれが延々と續きます。
その根底にあるのが道であり
仁や禮などの文化や價値觀も道に從って變化し、やがて消滅してしまいます。
そのようなものに振り回されても幸せになることはできない。
個人的にはとても痛いところを突かれたような思いのする思想です。


同樣の文脈で、老子道徳經にはこのような言葉もあります。

『絶學無憂(學を絶てば憂いなし)』
人為的に作られた中途半端な知識を持たない方が迷いがなくなるという意味です。

例えば、昨今のマナーブームには同樣のことが言えるのではないでしょうか。
誰が作ったかわからないような形骸化したマナーを學んでも、
傍目から見たら「何やってんだか」と首をかしげたくなりますよね。

老子は、その視點で世の中の學者たちを見ていたのではないでしょうか。


さらに、こう續きます。
『唯(い)と阿(あ)と相い去ること幾何(いくばく)ぞ。善と惡と相い去ること何若(いかん)ぞ。』

はいと返事するのと、うんと返事するのにそれほどの違いがあるのか?
人が決める善と惡にそれほどの違いがあるのだろうか?


老子はこのようにして、人間社會が作り上げた習慣やマナー、價値觀について
それは一過性のもので本質的ではないと全否定します。


そうした思想から
『自然に從って生きることに勝るものはない』と結論付けます。
これを【無為自然】と呼びます。


『無為を為せば、則ち治まらざるなし』
何もしないことができれば、世の中は丸く治る。とまで言っています。


その上で、理想の國家體勢を【小國寡民】として提示します。

これは、【知足】とされる『ほどほどの滿足を知った』國民が
小さな面積、少ない人口のコミュニティーにおいて
自給自足をし、罪も罰則も設けない國を理想とする思想です。

このような國においては、全ての國民が今の生活に滿足しているため
すぐ近くに隣國があっても、誰も出ていくことはないとされます。

簡單に言えば、文明の進歩を止めて後戻りしようということです。


非の打ち所のない正論にも聞こえますし、
一方でそれが正しいとしても實行できない理想論にも思えますね。


當時も同樣だったはずですが、
現代においてもなんとなく「文明の進化が行きすぎているのではないか」
と考える人は少なくないと思います。
しかし、どうやら文明の歩みは後戻りすることを許さない仕組みになっているようです。


もしかしたら老子もそう考えていたかもしれません。
だからこそ、俗世を離れて自分だけでも理想の生き方を實現しようとしたと考えることもできますね。


老子の思想はその後彼を神格化することで、學問から宗教へと變化し
道教として中國大陸の民衆の心の支えになっていきます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

#老子
#道教
#道家