NBC長崎放送

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雲仙普賢嶽35年「何年經っても辛く悔しい」「違う人生だったかな」家族を亡くした遺族の消えない悲しみ

影片類型
一般
發布日期/時間
2026年6月3日 20:06
觀看次數
257
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6
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-
エンゲージメント率
2.3%
データ確認日時
2026年6月4日 18:19

動畫概要

43人が犧牲となった雲仙・普賢嶽の大火碎流から今月3日で35年です。島原市では、朝から、遺族らが慰靈碑に獻花し犧牲者を追悼しました。3日朝の雲仙・普賢嶽です。かつて灰色だった山肌は緑に覆われ35年の月日を感じます。1991年6月3日に發生した大火碎流では、地元の消防團員や警察官、報道關係者ら43人が犧牲になりました。「何年經っても悲しみは變わらない」奪われた家族への思い今も被災後に造成された島原市の仁田團地にある「追悼之碑」には、獻花臺が設けられ、遺族や關係者が花を手向け犧牲者を悼みました。大火碎流で父親を亡くした遺族 大町眞樹さん:
「長いようであっという間の35年。けれど何年經っても悲しみは變わらないですし、辛くて悔しい」大火碎流で夫を亡くした遺族 大町壽美さん:
「私たちが生活ができるのも市民のみなさんの色んな助けがあったから。その感謝と天國の主人に守ってねと傳えたい」古川隆三郎 島原市長:「自然の脅威と街じゅうの混亂を消防團員であった僕はよく覺えています。萬が一となった時は住民同士聲を掛け合って速やかに避難しなければいけない。そんなことをきちんと振り返ることができる一日であってほしい。」當時は小學生だった世代へ 消防團が誓う「災害に強い街」への繼承島原復興アリーナにある「慰靈碑」には地元の消防團員らが訪れ、災害の教訓を語り繼ぐ決意を新たにしていました。島原市消防團 金子宗弘(當時消防團所屬):「今の分團長たちも(當時は)小學生だったそういう世代。今後も災害に強い島原市消防團を作り受け繼いでいただきたい」「父の歳を超えて」亡き夫、亡き父への消えない切なさ大火碎流が發生した午後4時8分には島原市内でサイレンが鳴らされ、犧牲者に默祷が捧げられました。消防團員だった夫・日出雄さんを亡くした遺族 山下睦江さん:
「(この35年で)辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、色んなことがいっぱいありましたけど、でもこれを(夫と)二人で迎えられたらまだちょっと違った人生だったかなって。それをまた次の代、次の代まで言い傳えじゃないですけど、傳えていけたら嬉しいかなと思います」父親・日出雄さんを亡くした遺族 山下讓治さん(48):
「年は(父を)もうだいぶ超えました。父は37で亡くなりましたけど、私はもう50近くになりました。家庭を持って子供がいて、だんだん子供が成長してくると思うと、『ああ、子供の成長を見たかっただろうな』って。やっぱそういう姿を見せられないっていうのは寂しいなあっていうのはあります。私たちが暮らしているところの災害と一緒にもう惠みがあって、そこで暮らしているっていうことを大切にしないといけないんだよっていうことは話していけるのかなというふうに思います」43人の犧牲者を追悼するとともに、35年前の噴火災害を風化させることなく後世に「教訓」を語り繼ぐ決意を新たにする一日となりました。

詳細は NEWS DIG でも!↓
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/...
雲仙普賢嶽35年「何年經っても辛く悔しい」「違う人生だったかな」家族を亡くした遺族の消えない悲しみ