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世界遺産「平泉」の地名の由來 奧州街道「酒の泉」と義經最期の地に迫る 岩手縣 (26/06/06 09:00)

影片類型
一般
發布日期/時間
2026年6月6日 09:00
觀看次數
808
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25
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-
エンゲージメント率
3.1%
データ確認日時
2026年6月8日 06:33

動畫概要

岩手縣の南部に位置する世界遺産の町、歴史と文化が色濃く殘る「平泉」の由來に迫る。

長年にわたり岩手縣の地名を調べる宍戸敦さんによると、「平泉の地名の由來の一つの説として『酒の泉』という由來がある。江戸時代、岩手の歴史研究家・相原友直の説は、奧州街道上に『酒の泉』『酒泉』、泉が湧く場所があった。平地で泉が湧く、だから『平泉』と相原友直さんは言っている。平(タイラ)は平坦、平(ヒラ)は方言で斜面のことをいう。地名はどちらかというと讀み方が優先となるので、平らな場所に湧く泉というよりも、斜面から湧く泉の場所という解釋と考えている」と説明する。

その「酒の泉」にゆかりのある場所に向かった。
平泉の歴史に詳しい八重樫忠郎さんに地名の由來について聞いた。

平泉世界遺産ガイダンスセンター 八重樫忠郎センター長
「青森から東京までつながる大きな街道だった。江戸時代の記録にある。増補行程記(當時の記録)に描かれていて、近くに酒が湧くという酒泉という『酒の泉』があったと書かれている。酒は當時、不老長壽の藥と考えられていた。醉って高揚することを『神樣が降りてくる』と思われていた。非常に神聖な場所だと考えられていた。平泉の由來の説は『酒泉』以外にもある。一關市の骨寺村莊園遺跡には、平泉野(ひらいずみの)と書くところがあったと傳えられ、それが平泉の由來ではないかということも言われている」

この「酒の泉」があったとされる地は、高館と呼ばれる地域だった。

宍戸敦さんは「高館(たかだち)あるいは高館(たかだて)は、かつて平泉村の中に含まれている一つの行政區の場所だった。高館はその名の通り高い場所にある館(やかた・たて)という意味と考えられる。高館は源義經が自害をした場所と傳えられている」と話す。

鎌倉時代、源義經は兄・源頼朝と對立し、追われる身となった。
各地を轉々とした、義經が平泉の藤原秀衡のもとに身を寄せた際、「衣河館」という場所に住んだと言われている。

その後、藤原秀衡の息子・泰衡に襲撃され自害に追い込まれる。
源義經が最期を迎えたこの「衣河館」が高館にある「高館義經堂」と言い傳えられてきた。

しかし、この歴史について新たな可能性も注目されている。

平泉世界遺産ガイダンスセンター 八重樫忠郎センター長
「奧州市の接待館遺跡は、平泉の藤原氏の二代基衡・三代秀衡の妻が偉い人を接待した場所。源義經の最期の場所は平泉町の高館だと傳えられてきた。當時の記録には衣河館で亡くなったとあり、發掘調査で(接待館遺跡から)義經の時代のものがたくさん見つかった。(この場所の)衣川という地名もあって、義經最期の地の『衣河館』の可能性が高いと今は評價されている。これからも調査が進むので、さらに新たなことがわかるかもしれない」

かつて湧き出た「泉」が由來とされる平泉は、義經最期の地の可能性が高いと言われ、私たちがまだ知らない歴史のロマンが眠っている。
世界遺産「平泉」の地名の由來 奧州街道「酒の泉」と義經最期の地に迫る 岩手縣 (26/06/06 09:00)