早稻田メンタルクリニック【こころ切り拔きCh】精神科醫 益田裕介
發達障害の人に自己肯定感が低い人が多い理由を精神科醫がわかりやすく解説します【早稻田メンタルクリニック 切り拔き 精神科醫 益田裕介】
- 影片類型
- 一般
- 發布日期/時間
- 2025年2月10日 20:45
- 動畫長さ
- 09:02
- 觀看次數
- 4586回
- 點讚數
- 235
- コメント數
- -
- エンゲージメント率
- 5.1%
- データ確認日時
- 2025年2月17日 05:31
動畫概要
本日は「發達障害の自己評價」というテーマでお話ししようと思います。
發達障害とは何かというと、自閉スペクトラム症(ASD)、注意缺如多動症(ADHD)、學習障害(LD)、この3つの障害のことを合わせて發達障害と呼びます。
これらはASDだけではなくて、ADHDの要素やLDの要素を持ったりするように、合併している場合が多いんですよね。なのでまとめて發達障害と呼ばれることが多いです。
發達障害の人たちというのは、自己評價が低いことが多いんですね。
トラウマを抱えていたり、自分のことを價値がないと思っていたり、自分はダメな奴なのではないかと思い込んでいたり。
實際そういうことをいろいろな人から言われて、心に傷を持っていることが多かったりします。
■周りと違う
まず、發達障害の人の特徴として周りと違うということです。
周りと違うんですよ。
他の人はできるけど、自分にはできないことがあったりします。
得意不得意の差が激しい。
他のことは全部できるんだけど、なぜか體育だけできないとかね。運動神經が惡いみたいな感じで。
できないといっても、極端にできない。そこだけ本當にすぽっと全くできないというのが發達障害らしさです。
他のことはできるのに漢字は書けないとか。
本當に得意不得意のバランスが惡かったりします。
できないことも多かったりするので、周りと同じようにできないと馴染まないんですよね。
だから變に目立ったりとか、ふざけているように思われたりしてしまうということです。
■なぜ違うのか
なぜそういうことが起きるかというと、まず興味の偏りですよね。
興味に偏りがあって、興味がないからできないんです。
他の人も興味がないんだけれども、興味がないなりに入ってくることがいっぱいあるんですよ。
漢字とか別に興味ないんだけどなんとなく入ってきたり、政治や經濟のニュース、スポーツ、野球球團のことは興味ないけど、なんとなく目に入ってきたりニュースが入ってきて、なんとなく知っていることはいっぱいあるんだけども、全部シャットアウトしてしまって全然入っていないんですよね。
これが發達障害の人らしさだなと思います。
なので「暗默知」というのが不足していたりします。
暗默の了解というか、普通こうだよねとか、「それって言われたことないからわからないよ」と發達障害の人はよく言うんですけど、なかなか言わないし、教わったとしても右から左に流れていることが多かったりします。
なのでできないこともあるし、こういうことからコミュニケーションが苦手だったりします。
コミュニケーションが苦手なのは何かというと、こだわりもあるんですね。
自分のこだわりがあるから、相手に妥協できない。妥協できないからコミュニケーションがうまくできない、相手の立場に立ちにくいとか、こだわりがあるから逆に上手くできないんですよね。
こうやってみたらと提案されても、なかなかそういう風にできなかったりするのも發達障害の人らしさです。
■親子關係のトラブル
親子關係に至ってはトラブルが起きるんですね。
だけどしつけにくいんですよ。育てにくい子供になっちゃうんですね。
どうしてもこだわりが強く自分を貫こうとしたり、うまくできないので親子關係にトラブルが起きやすい。コミュニケーションも苦手なんですよね。
だから親も子供とどう接したらいいかわからないということで、關係が惡くなることがよくあります。親と關係が惡いから結局自己評價が下がったり、自分はダメなんじゃないかとか、心にトラウマを持ってしまうことは結構多いです。
トラウマも忘れられないんですよね。記憶をそのまま保存してしまう。忘れる力が弱いんですよ。
瞬間的に畫像のように覺える力があったりする人もいるんですけれども、それは覺えることはできるんだけど、應用が利かないんですね。
だから親子關係で問題があっても、惡いものを忘れられない。
いつまで經っても、子供の時のつらかったこととかを、20歳とか30歳になっても親に文句を言い續けたりすることもあります。
文句言ったりすると言うとあれですけど、でもそういうことは多いです。
■抽象的に考える力
結局、なぜトラウマを忘れられないかというと、見えないものを見る力とか、物事を抽象的に考える力が弱かったり、抽象化していく力が弱かったりするからだと言われてます。
逆に具體的に覺えていく力があるからこそ、抽象化する力が弱いのかもしれないですけども。でも、ここの力は弱いですね。
自分中心で考えることが得意。
自分中心で考えてしまうので、脱中心化は行われないんですよね。だから自分のことを忘れて何かに熱中することが結構苦手で、自分の好きなことだったらそうかもしれないけれど、他のことの時には常に自分中心で考えて、自分が樂しいか樂しくないか、自分が食べたいか食べたくないかで考えてしまう。
そういう自分という基準を外して物事を考えたりするのも結構苦手だったりします。
だから他の人から見たら、すごく自己中心的でわがままな人に見られるんですよね。でも、何で他の人はみんな嫌なことやっているの?と發達障害の人たちは思うんですよね。
自分の好きにやればいいじゃん。自分でやりたいことをやればいいいいでしょう?
皆そうすればいいじゃないかと發達障害の人たちは結構思うし言うんですけども、いや、もちろんね、神の見えざる手があるから何となく皆まとまるんだよと言うんですけども、そんなわけなくて。
皆が本當にやりたいことをやっていけば世の中が混亂してしまうので、だいたい周りを考えつつ動くんですよね。
そのわがままが故に魅力的だったり、強引さがあるが故にそこに全振りするからシュートを決めたりするところもあるんですけどね。
でもまあ、そういうことですね。
今も話したように紙一重なんですよね。紙一重というか裏表なんですよね、長所と缺點は。
發達障害の人はすごく自己評價は低くてあれなんだけど、それがたまらなく魅力的に見えることもあったりします。
■親自身も發達障害
親子關係でトラウマを持つことが多いんですけど、じゃあ子供だけの問題なのか、本人だけの問題かというと、そうではなくて、親自身も發達障害であることが多いです。
親自身もコミュニケーションや抽象化が苦手だったり、こだわりが強くて自分のルーティンを子供に押し付けるとかそういうことが起きたりするので、なおさらバッティングが強くなるところがあります。
子供は子供のルーティンを守りたいし、親は親のルーティンを守りたいので、妥協し合えないからぶつかる。
そしてコミュニケーションも苦手だから、妥協のポイントを見つけられず險惡になっていくことは親子共々發達障害だとよくあります。
親自身も發達障害で、兄弟姉妹に發達障害がいて、自分より重い子いれば輕い子もいたりしますね。
自分より重い場合は、自分がフォローしなければいけないので、結果的にヤングケアラーみたいになってしまうことがあります。
兄弟のために自己犧牲をしてしまう、奉仕しすぎてしまうこともよくあります。
發達障害だから自己中心的かというとそうじゃなくて、今度は逆に自分のことをよく考えずに、自分はスカスカのまま家族のために何かをしてしまうパターンもあります。
あと親自身が發達障害で夫婦仲が惡くて、喧嘩している樣子がストレスで虐待のようになっているケースもあるだろうし、それが心のトラウマになっていることもある。
親自身がASD傾向が強くて子供のことを無視してしまう、ネグレクトみたいになってしまうこともある。
逆に自分のこだわりを押し付けたり、教育的な虐待が起きたり、普通に虐待があることも珍しくないなという感じです。
こういう親子問題があるのでトラウマがあるというケースもあります。
■自分をしつけることも苦手
あとはしつけにくいということなんですけども、親が子供をしつけにくいように大人になった自分は性本能や不安のコントロールが苦手なんですね。
自分で自分をしつけることも苦手だったりしますね。
不倫浮氣の問題を起こしてしまうとか、ドラッグの問題が起きたり、アルコールの問題、ギャンブルの問題が出たりします。
コミュニケーションが苦手なので、結局惡い仲間を作ってしまう、惡い仲間しかできないこともあるんですね。
惡いことをする同士だから共有できるとか、サブカルの世界に入っちゃうこともあって。
別にサブカルが全部惡いわけじゃないんだけども、そこの惡い部分に一緒に引きずられていく中、ぐじゃぐじゃになってしまうことも結構あったりします。
健康的な集團ではないこともあったりします。
そういう中でいるとまたいじめがあったり問題があったりして、弱い人の中で弱い人をさらにいじめるという構圖もできたりする。その時は結構悲慘なんですよね。
トラウマがある人がさらに誰かをいじめるときは、より強い暴力が生まれやすいので、負の連鎖が濃くなることがあったりします。
發達障害の人は自己評價が低く、誰のようなことになったらあなたは滿足するの?と聞いてみると、なかなか答えにくいことは多いですね。
じゃあ藝能人になったらあなたは幸せになれるんですかとか、正社員になればあなたは幸せになれるのか、とかいろいろ言ったりします。
結局、本當に今は低いかもしれないし、怒っているんだけど、その先ですよ。その先はどんなものになりたいのかとか、どういう自分になりたいのかを見る力や想像する力が弱かったりします。
それは能力的な問題なのか、知識經驗の問題かわからないですけど、複合的なものだと思いますけど、なかなかわからなかったりするというのもあるかなと思います。
なので治療としては、色々なところを地獄めぐりみたいに一個ずつ回っていくんですよね。
こうやって色々回ってまた同じところに戻ったりして。
地獄巡りをしていって一個一個のところを柔らかくしていく。そうすると良くなっていくっていう感じです。
今回は、發達障害の自己評價というテーマでお話ししました。
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いつもご視聽ありがとうございます。
當チャンネルは、早稻田メンタルクリニック院長 精神科醫 益田裕介先生の公認切り拔き動畫チャンネルです。
お見逃しのないようチャンネル登録・高評價・コメントいただけましたら嬉しいです。
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▼精神科醫がこころの病氣を解説するChとは?
一般の方向けに、わかりやすく、精神科診療に關するアレコレを幅廣く解説しています。動畫における、精神分析や哲學用語の使用法はあくまで益田獨自のものであり、一般的(專門的)な定義とは異っているところもあります。僕がもっとも説明しやすいとたまたま感じる言葉を選んだだけなので、あまり學術的にとらないでいただけると嬉しいです。
▼自己紹介
益田裕介
防衞醫大卒。陸上自衞隊、防衞醫大病院、薫風會山田病院などを經て、2018年都内で開業。專門は仕事のうつ、大人の發達障害。といいつつ、「なんでも診る」ちょっと變人よりの町醫者です。
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#早稻田メンタルクリニック
#切り拔き
#益田裕介
發達障害とは何かというと、自閉スペクトラム症(ASD)、注意缺如多動症(ADHD)、學習障害(LD)、この3つの障害のことを合わせて發達障害と呼びます。
これらはASDだけではなくて、ADHDの要素やLDの要素を持ったりするように、合併している場合が多いんですよね。なのでまとめて發達障害と呼ばれることが多いです。
發達障害の人たちというのは、自己評價が低いことが多いんですね。
トラウマを抱えていたり、自分のことを價値がないと思っていたり、自分はダメな奴なのではないかと思い込んでいたり。
實際そういうことをいろいろな人から言われて、心に傷を持っていることが多かったりします。
■周りと違う
まず、發達障害の人の特徴として周りと違うということです。
周りと違うんですよ。
他の人はできるけど、自分にはできないことがあったりします。
得意不得意の差が激しい。
他のことは全部できるんだけど、なぜか體育だけできないとかね。運動神經が惡いみたいな感じで。
できないといっても、極端にできない。そこだけ本當にすぽっと全くできないというのが發達障害らしさです。
他のことはできるのに漢字は書けないとか。
本當に得意不得意のバランスが惡かったりします。
できないことも多かったりするので、周りと同じようにできないと馴染まないんですよね。
だから變に目立ったりとか、ふざけているように思われたりしてしまうということです。
■なぜ違うのか
なぜそういうことが起きるかというと、まず興味の偏りですよね。
興味に偏りがあって、興味がないからできないんです。
他の人も興味がないんだけれども、興味がないなりに入ってくることがいっぱいあるんですよ。
漢字とか別に興味ないんだけどなんとなく入ってきたり、政治や經濟のニュース、スポーツ、野球球團のことは興味ないけど、なんとなく目に入ってきたりニュースが入ってきて、なんとなく知っていることはいっぱいあるんだけども、全部シャットアウトしてしまって全然入っていないんですよね。
これが發達障害の人らしさだなと思います。
なので「暗默知」というのが不足していたりします。
暗默の了解というか、普通こうだよねとか、「それって言われたことないからわからないよ」と發達障害の人はよく言うんですけど、なかなか言わないし、教わったとしても右から左に流れていることが多かったりします。
なのでできないこともあるし、こういうことからコミュニケーションが苦手だったりします。
コミュニケーションが苦手なのは何かというと、こだわりもあるんですね。
自分のこだわりがあるから、相手に妥協できない。妥協できないからコミュニケーションがうまくできない、相手の立場に立ちにくいとか、こだわりがあるから逆に上手くできないんですよね。
こうやってみたらと提案されても、なかなかそういう風にできなかったりするのも發達障害の人らしさです。
■親子關係のトラブル
親子關係に至ってはトラブルが起きるんですね。
だけどしつけにくいんですよ。育てにくい子供になっちゃうんですね。
どうしてもこだわりが強く自分を貫こうとしたり、うまくできないので親子關係にトラブルが起きやすい。コミュニケーションも苦手なんですよね。
だから親も子供とどう接したらいいかわからないということで、關係が惡くなることがよくあります。親と關係が惡いから結局自己評價が下がったり、自分はダメなんじゃないかとか、心にトラウマを持ってしまうことは結構多いです。
トラウマも忘れられないんですよね。記憶をそのまま保存してしまう。忘れる力が弱いんですよ。
瞬間的に畫像のように覺える力があったりする人もいるんですけれども、それは覺えることはできるんだけど、應用が利かないんですね。
だから親子關係で問題があっても、惡いものを忘れられない。
いつまで經っても、子供の時のつらかったこととかを、20歳とか30歳になっても親に文句を言い續けたりすることもあります。
文句言ったりすると言うとあれですけど、でもそういうことは多いです。
■抽象的に考える力
結局、なぜトラウマを忘れられないかというと、見えないものを見る力とか、物事を抽象的に考える力が弱かったり、抽象化していく力が弱かったりするからだと言われてます。
逆に具體的に覺えていく力があるからこそ、抽象化する力が弱いのかもしれないですけども。でも、ここの力は弱いですね。
自分中心で考えることが得意。
自分中心で考えてしまうので、脱中心化は行われないんですよね。だから自分のことを忘れて何かに熱中することが結構苦手で、自分の好きなことだったらそうかもしれないけれど、他のことの時には常に自分中心で考えて、自分が樂しいか樂しくないか、自分が食べたいか食べたくないかで考えてしまう。
そういう自分という基準を外して物事を考えたりするのも結構苦手だったりします。
だから他の人から見たら、すごく自己中心的でわがままな人に見られるんですよね。でも、何で他の人はみんな嫌なことやっているの?と發達障害の人たちは思うんですよね。
自分の好きにやればいいじゃん。自分でやりたいことをやればいいいいでしょう?
皆そうすればいいじゃないかと發達障害の人たちは結構思うし言うんですけども、いや、もちろんね、神の見えざる手があるから何となく皆まとまるんだよと言うんですけども、そんなわけなくて。
皆が本當にやりたいことをやっていけば世の中が混亂してしまうので、だいたい周りを考えつつ動くんですよね。
そのわがままが故に魅力的だったり、強引さがあるが故にそこに全振りするからシュートを決めたりするところもあるんですけどね。
でもまあ、そういうことですね。
今も話したように紙一重なんですよね。紙一重というか裏表なんですよね、長所と缺點は。
發達障害の人はすごく自己評價は低くてあれなんだけど、それがたまらなく魅力的に見えることもあったりします。
■親自身も發達障害
親子關係でトラウマを持つことが多いんですけど、じゃあ子供だけの問題なのか、本人だけの問題かというと、そうではなくて、親自身も發達障害であることが多いです。
親自身もコミュニケーションや抽象化が苦手だったり、こだわりが強くて自分のルーティンを子供に押し付けるとかそういうことが起きたりするので、なおさらバッティングが強くなるところがあります。
子供は子供のルーティンを守りたいし、親は親のルーティンを守りたいので、妥協し合えないからぶつかる。
そしてコミュニケーションも苦手だから、妥協のポイントを見つけられず險惡になっていくことは親子共々發達障害だとよくあります。
親自身も發達障害で、兄弟姉妹に發達障害がいて、自分より重い子いれば輕い子もいたりしますね。
自分より重い場合は、自分がフォローしなければいけないので、結果的にヤングケアラーみたいになってしまうことがあります。
兄弟のために自己犧牲をしてしまう、奉仕しすぎてしまうこともよくあります。
發達障害だから自己中心的かというとそうじゃなくて、今度は逆に自分のことをよく考えずに、自分はスカスカのまま家族のために何かをしてしまうパターンもあります。
あと親自身が發達障害で夫婦仲が惡くて、喧嘩している樣子がストレスで虐待のようになっているケースもあるだろうし、それが心のトラウマになっていることもある。
親自身がASD傾向が強くて子供のことを無視してしまう、ネグレクトみたいになってしまうこともある。
逆に自分のこだわりを押し付けたり、教育的な虐待が起きたり、普通に虐待があることも珍しくないなという感じです。
こういう親子問題があるのでトラウマがあるというケースもあります。
■自分をしつけることも苦手
あとはしつけにくいということなんですけども、親が子供をしつけにくいように大人になった自分は性本能や不安のコントロールが苦手なんですね。
自分で自分をしつけることも苦手だったりしますね。
不倫浮氣の問題を起こしてしまうとか、ドラッグの問題が起きたり、アルコールの問題、ギャンブルの問題が出たりします。
コミュニケーションが苦手なので、結局惡い仲間を作ってしまう、惡い仲間しかできないこともあるんですね。
惡いことをする同士だから共有できるとか、サブカルの世界に入っちゃうこともあって。
別にサブカルが全部惡いわけじゃないんだけども、そこの惡い部分に一緒に引きずられていく中、ぐじゃぐじゃになってしまうことも結構あったりします。
健康的な集團ではないこともあったりします。
そういう中でいるとまたいじめがあったり問題があったりして、弱い人の中で弱い人をさらにいじめるという構圖もできたりする。その時は結構悲慘なんですよね。
トラウマがある人がさらに誰かをいじめるときは、より強い暴力が生まれやすいので、負の連鎖が濃くなることがあったりします。
發達障害の人は自己評價が低く、誰のようなことになったらあなたは滿足するの?と聞いてみると、なかなか答えにくいことは多いですね。
じゃあ藝能人になったらあなたは幸せになれるんですかとか、正社員になればあなたは幸せになれるのか、とかいろいろ言ったりします。
結局、本當に今は低いかもしれないし、怒っているんだけど、その先ですよ。その先はどんなものになりたいのかとか、どういう自分になりたいのかを見る力や想像する力が弱かったりします。
それは能力的な問題なのか、知識經驗の問題かわからないですけど、複合的なものだと思いますけど、なかなかわからなかったりするというのもあるかなと思います。
なので治療としては、色々なところを地獄めぐりみたいに一個ずつ回っていくんですよね。
こうやって色々回ってまた同じところに戻ったりして。
地獄巡りをしていって一個一個のところを柔らかくしていく。そうすると良くなっていくっていう感じです。
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一般の方向けに、わかりやすく、精神科診療に關するアレコレを幅廣く解説しています。動畫における、精神分析や哲學用語の使用法はあくまで益田獨自のものであり、一般的(專門的)な定義とは異っているところもあります。僕がもっとも説明しやすいとたまたま感じる言葉を選んだだけなので、あまり學術的にとらないでいただけると嬉しいです。
▼自己紹介
益田裕介
防衞醫大卒。陸上自衞隊、防衞醫大病院、薫風會山田病院などを經て、2018年都内で開業。專門は仕事のうつ、大人の發達障害。といいつつ、「なんでも診る」ちょっと變人よりの町醫者です。
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